本稿は、2015年に発生したドゥルベド旗(Durbed Khoshuu/中国行政区画名:四子王旗)牧民による北京陳情事件を起点に、朱日和軍事基地建設が南モンゴルにもたらした土地収奪、生活破壊、文化解体の構造を検証する記念論考である。
軍事基地建設、補償問題、陳情の冷遇、そして2020年のモンゴル母語教育廃止に至る一連の政策は、偶発的な出来事ではなく、民族の存続基盤を解体する一貫した同化政策の連続として位置づけられる。
本稿は、これらを構造的・文化的ジェノサイドの視点から整理し、現地で声を奪われた同胞の「声なき声」を国際社会に伝え続ける南モンゴル運動の責任と意義を、公式史として記録するものである。
忘却に抗う十一年の記憶
――朱日和軍事基地とドゥルベド旗牧民北京陳情事件
はじめに
本稿は、南モンゴル運動の公式史および記念論考として、2015年1月に発生したドゥルベド旗(Durbed Khoshuu/中国行政区画名:四子王旗)牧民による北京陳情事件を、朱日和軍事基地建設を軸に再検証し、その歴史的・構造的意義を記録するものである。
この事件は一地方の抗議行動にとどまらず、南モンゴルにおいて長年継続してきた土地収奪、生活破壊、文化解体、そして民族同化政策の縮図であり、今日に至るまで続く南モンゴル問題を理解する上で不可欠な節目である。
1.朱日和軍事基地建設と草原の喪失
朱日和軍事基地(Zhurihe Training Base)は、中国人民解放軍最大級の統合訓練基地として、2000年代後半以降、南モンゴル中部で急速に拡張された。2009年以降、ドゥルベド旗および周辺地域の草原が大規模に軍事用地として接収され、約1066平方キロメートルに及ぶ土地が失われた。
この過程で、823戸・2907人の牧民が移転を強制され、伝統的遊牧生活は事実上断ち切られた。草原は南モンゴル人にとって単なる生産手段ではなく、文化・信仰・歴史記憶が結びついた民族的生存空間である。その喪失は、民族の生活基盤そのものを揺るがすものであった。
2.補償問題と説明責任の欠如
軍事基地建設に伴い、移転牧民には補償金が約束され、総額は18億元とされた。しかし、実際に牧民の手に渡った金額には著しい不足があり、その配分および使途について、政府から十分な説明は行われなかった。
牧民たちが求めたのは特別な待遇ではない。補償金の会計公開と説明という、近代国家における最低限の行政責任であった。この正当な要求が長年放置されたことが、北京への陳情へと至る直接的背景である。
3.2015年 北京陳情事件
2015年1月、ドゥルベド旗の牧民代表は、問題解決を求めて北京に赴き、関係各省庁を含む8部門に対し陳情を行った。提出された資料は、補償問題の実態と牧民の窮状を具体的に示すものであった。
しかし、5部門では資料の受理を拒否され、その他の部門においても形式的対応にとどまった。一部では身分証の一斉スキャンなど威圧的措置が取られ、牧民の声が真摯に聴取されることはなかった。
最終的に、地方当局の説得により牧民は帰郷を余儀なくされ、北京での陳情は終結した。この経過は、南モンゴルにおいて法と制度が民族的少数者の権利保護として機能していない現実を如実に示した。
4.2020年 母語教育廃止と政策の連続性
2020年、南モンゴルにおいてモンゴル母語教育が大幅に削減・事実上廃止された。この措置は国際的関心を集めたが、決して例外的政策ではない。
土地改革、人口移住、政治運動期の大量粛清、資源略奪、そして言語政策――これらは相互に連関し、民族を段階的に解体する一貫した同化政策として実行されてきた。母語教育の廃止は、その最終段階の一つであり、文化的ジェノサイドと位置づけられる。
5.ジェノサイドとしての南モンゴル問題
国連ジェノサイド条約は、特定の民族集団を全部または一部破壊する意図をもって行われる行為をジェノサイドと定義する。南モンゴルにおける政策は、大量殺戮のみならず、生活基盤・文化・言語・記憶を奪うことで、民族としての存続可能性を体系的に破壊してきた。
朱日和軍事基地建設とドゥルベド旗牧民事件は、この構造的・文化的ジェノサイドを象徴する出来事である。
6.海外南モンゴル運動と記憶の責任
現在、南モンゴル現地で声を上げることは、監視と処罰のもとで極めて困難である。沈黙は同意ではなく、抑圧の結果である。
この状況において、海外にいる南モンゴル人および連帯する人々には、現地で語ることのできない声を国際社会に届け続ける責任がある。ドゥルベド旗牧民の陳情を記憶し、記録し、語り継ぐことは、過去の回顧ではなく、現在進行形の人権課題への行動である。
結語
2015年の北京陳情から十一年が経過した。しかし、問題は解決されていない。朱日和軍事基地を起点とする土地収奪と生活破壊、そして文化的ジェノサイドは、形を変えながら今も続いている。
忘却は、抑圧を完成させる。記憶し続けること、語り続けることこそが、南モンゴル運動の根幹である。本稿を、声なき同胞と共にある十一年の記念として、公式史に刻むものである。
オルホノド・ダイチン 南モンゴルクリルタイ共同代表、「自由モンゴル」(モンゴル語)編集長