本論考は、日伊関係を起点に、自由と民主主義という価値観に基づく国際秩序の再編を論じるものである。
「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」を、理念ではなく現実的な地域戦略として位置づけ、日本の対中外交、周辺国政策、そして国内政治の選択が、侵略と拡張に対する防波堤となり得ることを明らかにする。
価値を軸に国家が結ばれる時代において、日本が果たすべき役割と進むべき進路を提示する一考察である。
価値秩序の原理――世界はどちらを選ぶのか
現在の国際社会は、もはや戦後秩序の延長線上では説明できない、明確な歴史的分岐点に立っている。
それは、民衆の意思と人間の尊厳を基礎とする自由民主主義が国際秩序の中核として再び確立されるのか、それとも独裁者の権威と力による現状変更を是認する権威主義が世界の標準となるのか、という根源的な選択である。
この文脈において、メロニー伊首相の訪日と日伊首脳会談が持つ意味は決して小さくない。
日本とイタリアは地理的には遠く離れている。しかし、自由、民主主義、法の支配、人権の尊重という、近代国家の根幹を成す価値観を共有している。今回の首脳会談は、単なる友好確認や経済協力の再確認にとどまらず、価値観を基軸とする戦略的パートナーシップを明確に打ち出した点において、現在の国際政治に対する強い意思表示であった。
国家間関係において、地理的近接性や経済的相互依存が重要であることは否定できない。
しかし、それらが価値観の相違を覆い隠す免罪符となるべきではない。
隣国であるという理由だけで関係改善を最優先する姿勢は、しばしば長期的な安全保障と国家の原則を犠牲にしてきた。
いま国際社会に求められているのは、「誰と対話するか」を先に決める外交ではない。
「どの価値観の側に立つのか」を明確にした上で、同じ立場に立つ国と連携する外交である。
世界はいま、権威を中心とする秩序を選ぶのか、それとも人間を中心とする秩序を選ぶのか、その選択を迫られている。その決断の積み重ねこそが、次の世界秩序の輪郭を決定づけるのである。
【補論Ⅰ】日本外交と衆議院戦況――価値秩序は国内政治で試される
本稿で論じてきた価値秩序の再構築は、理念や外交文書の中だけで完結するものではない。
それは必ず、各国の国内政治、とりわけ民主主義国家においては選挙という形で検証される。
日本の対中外交は長らく、「現実的配慮」「経済的必要性」という言葉の下で、価値判断を曖昧にしてきた分野であった。
人権問題、台湾海峡の安定、法の支配といった核心的課題において、明確な立場を示すことを避ける姿勢は、短期的には摩擦を回避してきたかもしれない。しかし同時に、それは日本自身がどの価値の側に立つ国家なのかを不明瞭にしてきたことも意味する。
今回の衆議院選挙戦況は、その曖昧さが限界に達しつつある現実を可視化した可能性がある。
安全保障、対中姿勢、民主主義の防衛が争点として浮上する中で、有権者は単なる政局や経済対策ではなく、**「日本はどの価値の側に立つのか」**という問いに直面している。
重要なのは、勝敗そのものではない。
選挙が、価値選択の場へと変質しつつあるという事実である。
外交の方向性が、もはや専門家や官僚の専管事項ではなく、主権者によって審判される段階に入ったことを意味している。
日伊関係に象徴される価値同盟は、日本国内にも問いを突きつけている。
曖昧な均衡外交を続けるのか、それとも自由と民主主義を守るためのコストを引き受ける覚悟を持つのか。
今回の戦況は、まさにその選択が試される局面となり得る。
【補論Ⅱ】FOIPという具体化――価値秩序を守る地域戦略
価値観による国際秩序の再構築は、理念だけでは持続しない。
それを現実の力関係の中で守り抜くための具体的戦略枠組みが必要である。
その役割を担っているのが、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」構想である。
FOIPはしばしば、対中牽制の地政学戦略としてのみ理解されがちである。しかしその本質は、軍事的包囲や勢力争いではない。
FOIPとは、自由、民主主義、法の支配、航行の自由、主権の尊重といった価値を、地域秩序として制度化する試みであり、自由で民主的な国際秩序を現実世界に定着させるための実践戦略である。
この枠組みにおいて、台湾、韓国、ASEAN諸国の位置づけは極めて重要である。
台湾は、民主主義と自由を体現する社会であると同時に、力による現状変更が最も現実的に試みられようとしている最前線である。
台湾海峡の安定は、地域問題ではなく、侵略が許されるのか否かという国際秩序そのものの試金石である。
韓国は、歴史問題や地政学的制約を抱えながらも、民主主義陣営の一員として選択を迫られている国家である。
日韓協調とは、過去を忘却することではなく、権威主義国家が分断を戦略として利用する時代において、民主主義国家が原則に基づき連携できるかどうかを示す実践である。
ASEAN諸国にとって重要なのは、いずれかの陣営に従属することではなく、主権と選択の自由を守ることである。
FOIPが掲げる「開かれた秩序」とは、この選択の自由を制度的に保障し、威圧や経済的強制によらない地域秩序を支える枠組みにほかならない。
FOIPは特定の国を敵視するための同盟ではない。
しかし同時に、力による侵略、威圧、拡張を黙認しないという明確な境界線を引く戦略でもある。
この境界線こそが、中国の侵略的行動や拡張主義に対する最大の防波堤となる。
そして何より重要なのは、FOIPが日本自身にとっても国家の進路を定める基準であるという点である。
自由で開かれたインド太平洋の担い手であり続けることこそが、
日本が世界のど真ん中において信頼され、影響力を持ち、
強く、そして豊かな国家として存立し続けるための選定条件なのである。
価値で結ばれた同盟が、地域ごとに具体的秩序として結実するとき、国際秩序は初めて実体を持つ。
世界秩序の再編とは、一度の首脳会談や宣言で決まるものではない。
国内政治、地域戦略、そして価値選択の積み重ねによって形作られる。
自由で開かれたインド太平洋とは、理想論ではない。
それは、人間の尊厳を中心とする国際秩序を、現実の国際政治の中で守り抜くための、最も具体的で、最も現実的な戦略構想なのである。
オルホノド・ダイチン(南モンゴルクリルタイ共同代表、「自由モンゴル」(モンゴル語)編集長)