ダイチン:中国「大外宣」の論理構造とその誤謬 ――なぜ説得力を持ち得るのか、なぜ誤っているのか South Mongolia as a Theoretical and Policy-Relevant Case

「大外宣(大対外宣伝)」とは何か

「大外宣(大対外宣伝)」とは、正式な組織名ではなく、中国共産党が海外向けに行ってきた対外影響工作を総体として指す、便宜的・総称的な呼称である。

具体的には、海外世論の操作、ナラティブ(物語)の形成、国家イメージの演出、人権問題や批判的言説の封じ込めなどを、情報発信・文化交流・学術協力・外交言説を通じて体系的に行う取り組み全体を含む。

日本で言う「情報戦」や「認知戦」と極めて近い概念であり、単なる宣伝活動ではなく、海外社会における認識枠組みや判断基準そのものに影響を与えることを目的としている点に特徴がある。

本論考は、中国の「大外宣」がなぜ一見すると合理的で説得力を持つように見えるのか、そしてなぜそれが危険な誤認を生み出すのかを理論的に分析し、日本を含む民主主義国家に対する警告として提示するものである。


What Is “Dàwàixuān” (China’s External Propaganda Strategy)?

“Dàwàixuān” (literally, “Major External Propaganda”) is not the name of a single organization. Rather, it is a convenient umbrella term used to describe the Chinese Communist Party’s comprehensive overseas influence operations.

It encompasses a wide range of activities, including the manipulation of public opinion abroad, the construction of political narratives, the projection of a favorable national image, and the suppression or dilution of critical discourse on issues such as human rights. These efforts are carried out through state media, cultural and academic exchanges, diplomatic messaging, and affiliated organizations.

The concept is closely related to what is known in Japan and other democracies as “information warfare” or “cognitive warfare.” Unlike traditional propaganda, its primary objective is not persuasion alone, but the shaping of cognitive frameworks and decision-making criteria within foreign societies.

This paper analyzes why China’s external propaganda appears rational and persuasive to some audiences, why its underlying logic is fundamentally flawed, and why it poses serious risks. It is presented as a warning to Japan and other democratic countries.


中国「大外宣」の論理構造とその誤謬

――なぜ説得力を持ち得るのか、なぜ誤っているのか
South Mongolia as a Theoretical and Policy-Relevant Case


要旨(Abstract)

本稿は、中国共産党が長年にわたり体系的に展開してきた対外宣伝戦略、いわゆる「大外宣(对外宣传工作)」の論理構造を分析し、その言説がなぜ国際社会、とりわけ日本を含む西側諸国において一見合理的・現実的に見え、一定の説得力を持ち得るのかを明らかにする。同時に、それらの言説が理論的・実証的にどの点で誤っているのかを検証する。

本稿は、大外宣の中核的論理を①経験則の誤用、②外交行動の意味の錯誤、③国際秩序を量的指標に還元する誤認、④民主主義批判を用いた論点のすり替え、⑤「現行体制は中国に最も適している」とする制度適合論として整理する。

さらに、南モンゴルにおける言語・文化・統治政策を理論章に位置づけ、同地域が単なる周縁的人権問題ではなく、中国体制の安定性と対外行動を接続する構造的ケースであることを示す。最後に、日本を含む民主主義国家の対中政策への含意を提示し、中国の対外認知戦に対する警告として結論づける。


1.序論:問題設定と研究目的

中国をめぐる国際的議論は、しばしば「中国崩壊論」と「中国不可避論」という二項対立に回収されてきた。しかし、いずれの立場も、中国が体系的に展開する対外言説そのものの論理構造を十分に分析しているとは言い難い。

本稿の目的は、中国の対外宣伝(大外宣)を単なるプロパガンダとして退けるのではなく、なぜそれが一見すると合理的に見え、政策判断に影響を与え得るのかを理論的に解明し、その誤謬を比較政治、国際制度論、実際の統治・外交行動の分析から明らかにする点にある。


2.分析枠組み:大外宣を「戦略的言説」として捉える

2.1 大外宣の定義と統括構造

大外宣とは、中国共産党が国外向けに展開する体系的な対外影響工作の総体を指す便宜的概念であり、特定の単一機関を意味する正式な組織名ではない。

それは、党中央の統一的指導の下で、中央宣伝部、統一戦線部、外交部、国家安全機関、軍関連組織、地方政府および準官製団体が分業的に関与し、情報発信、文化表象、人的ネットワーク、外交言説を組み合わせることによって、海外における認識枠組みの形成および調整を図る戦略的実践の集合体である。

この中で統一戦線部は、華僑・華人団体、学術・文化交流、宗教・少数民族ネットワークなどを媒介とする人的影響力工作を担う中核的部門の一つであるが、大外宣全体を単独で統括しているわけではない。したがって大外宣は、単一組織による宣伝活動ではなく、党中央が指揮する統合作戦として理解されるべきである。

2.2 認知戦としての大外宣

本稿は、この大外宣を、国家主導の対外認知戦(cognitive warfare)の一形態として位置づける。ここでいう認知戦とは、特定の情報を信じさせること自体よりも、対象社会における評価基準、判断枠組み、問題設定の前提条件に介入する戦略行動を指す。

中国の大外宣が狙うのは、親中化や同意の獲得というよりも、対中警戒や制度的対応を「尚早」「複雑」「判断保留」と認識させることで、政策判断を先送りさせる点にある。本稿ではこれを**戦略的判断遅延(strategic delay)**として概念化する。


3.大外宣の中核的論理構造

3.1 経験則の誤用:「崩壊しない中国」

第一の論理は、「中国崩壊論は過去に何度も外れてきた」という経験則の援用である。しかしこれは、過去の存続実績から将来の安定を保証する帰納法の誤用に過ぎない。

比較政治の観点から見れば、ソ連もまた、崩壊直前まで「崩壊論が外れ続けた国家」であった。体制の持続性は、過去の存続年数ではなく、制度の自己修正能力によってのみ評価される。

3.2 外交行動の錯誤:「訪中外交=国際的信認」

第二の論理は、各国首脳の訪中をもって、中国体制への信頼や支持と解釈する点にある。しかし外交行動は、支持ではなく、管理や抑止として行われる場合が多い。不安定化しつつある大国に対して対話を維持することは、国際政治における一般的行動であり、体制への肯定を意味しない。

3.3 国際秩序の量的誤認:「中国の時代は不可逆」

第三の論理は、GDP、人口、市場規模を根拠に、中国中心の国際秩序を不可逆とみなす議論である。しかし国際秩序の中枢は、量ではなく、法の予測可能性、情報の透明性、権力継承の安定性、同盟国の自発的支持といった質的要素によって成立する。


4.論点のすり替えとしての民主主義批判

大外宣は人権・民族問題への批判に対し、西側民主主義の欠陥を列挙することで応答する。これは典型的な whataboutism(論点のすり替え)である。

重要なのは欠陥の存在そのものではなく、それを可視化し是正し得る制度的仕組みの有無である。民主主義国家では修正が可能であるのに対し、中国では問題の存在自体が否定され、検証可能性が制度的に排除されている。


5.制度適合論の誤謬

「現行体制は中国に最も適している」という主張は、一見すると現実主義的で穏健に見える。しかしこれは、制度が存在していることをもって最適性を結論づける論理的誤謬である。

制度の正当性は、代替制度との比較、自己修正能力、長期的安定性によって評価される。しかし中国の現行体制は、制度比較そのものを不可能にしている。


6.理論章:南モンゴル事例の構造的位置づけ

南モンゴルは、中国体制にとって単なる周縁ではない。戦略資源、軍事演習、国境防衛と直結する中核的周縁である。

2020年以降のモンゴル語母語教育の実質的廃止は、文化政策ではなく、統治不安への対応としての強制同化である。しかしこの政策は、安定化ではなく、不信の蓄積と統治コストの増大をもたらしている。

南モンゴル事例は、強権統治が安定の証明ではなく、むしろ体制の脆弱性を示すことを理論的に明らかにする。


7.政策研究:日本を含む民主主義国家への含意

中国を「崩壊する国家」か「覇権国家」かの二択で捉えることは政策的誤りである。現実の中国は、不安定化しながらも巨大な影響力を保持する国家である。

必要なのは、抑止、可視化、幻想なき関与である。


結論:警告としての総括

中国大外宣の本質は、制度的信頼の欠如を覆い隠し、安定しているように見える時間を引き延ばす戦略的言説である。

日本を含む民主主義国家にとって最大のリスクは、大外宣を誇張された宣伝として過小評価することである。判断の先送り、制度的対応の遅延、問題の優先順位低下という形で影響が生じている場合、それはすでに認知戦として機能している。

大外宣への対抗とは、対抗宣伝ではない。判断基準を奪われないための制度的警戒と、周縁問題を含む現実の可視化こそが、最も有効な対抗策である。

オルホノド・ダイチン
南モンゴルクリルタイ(世界南モンゴル会議)共同代表
「自由モンゴル」(モンゴル語)編集長