日本における南モンゴル民族自決権確立運動の現状と展望

あけましておめでとうございます。
評論家の三浦小太郎先生による論評、「日本における南モンゴル民族自決権確立運動の現状と展望(クリルタイ(世界南モンゴル会議)活動を中心に)」を掲載させて頂きます。


日本における南モンゴル民族自決権確立運動の現状と展望
(クリルタイ(世界南モンゴル会議)活動を中心に)

三浦小太郎(評論家)

中華人民共和国政府による、南モンゴル(内モンゴル)における民族絶滅政策とみなすべき残酷な弾圧と虐殺について、残念なことに日本ではいまだ十分な認識が広まっているとは言えない。これはチベットやウイグル問題に比しても認めざるを得ない現実である。しかし、南モンゴルにおけるハダ氏、フーチンフ氏らの勇気ある言論・実践活動、およびモンゴル牧畜民の弾圧に屈伏することなき抗議活動の影響は、近年日本国内でも理解が深まりつつある。アジアにおける民主主義国であり、政治的、経済的に大きな影響力を持つはずの日本における今後の運動展開について、今回、クリルタイ(世界モンゴル会議)の活動及び、日本においてもっとも影響力を持つモンゴル知識人、楊海英氏の業績を報告することを通じて、今後の展望について報告する。

1、クリルタイ(世界モンゴル会議)結成

2016年11月10日、東京の参議院議員会館にて、クリルタイ(世界南モンゴル会議)の結成大会が開催された。当日は議員会館前に、中国人留学生と思われる抗議団体が現れたが、彼ら自身動員されたことが明らかな形式的抗議で、主催者は無視する形で運営を進行した。

本組織は、世界各地で活動する南モンゴル運動の統一と相互連絡を図ることを目的としており、常務委員会には、内モンゴル人民党、モンゴル自由連盟党、内モンゴル民主党、南モンゴル自由民主運動基金、南モンゴル青年連盟、青旗協会及び個人代表含め15名が参加した。代表には、80年代から運動を継続してきたジョショープト・テムチルト氏が就任、副会長 チメド・ジャルガル、オ・ウルゲン、ノムチン・トフシンジャン、幹事長 オルホノド・ダイチン 副幹事長 ゴブルド・アリチャが選出された。

詳細な結成宣言及び活動方針、人事などは下記リンク先を参照されたい。
http://southmongolia.org/jinji_hoshin
http://southmongolia.org/sengen

なお、この大会には、チベット亡命政府、日本国会議員、中国民主化運動、アジア自由民主連帯協議会ペマ・ギャルポ会長、他日本の有志貴社の方々が参加、また激励のメッセージを頂くことができた。

なお、当日参加者による報告記事が以下リンク先に読めるので参照されたい。
http://www.sonin.mn/news/easy-page/71447

残念なことに、一部でこのクリルタイの運動方針について誤解があることを認めねばならない。一つには、この団体が今回の参加者のみによる恣意的なものであり、世界の南モンゴル運動を統括しうる存在ではないという批判、もう一つは、クリルタイが南モンゴルの独立を明確に訴えていないという批判である。前者については、今回のクリルタイが充分な賛同団体、協力団体を結集してはいないという現実は認めざるを得ないが、当団体は開かれたものとして結成当時から現在(2020年)に至るまで、すべての南モンゴル運動団体に、参加、もしくはその趣旨に賛同できない団体に対しても継続的な対話を呼び掛けている。静岡大学教授の楊海英氏が指摘するように「モンゴル語で『議会制』を意味する『クリルタイ』という言葉は古くからの歴史を持つ。紀元前の匈奴時代から、さまざまな思想や主張を持つ部族長が草原のテント内に円座し、身分の上下を超えて平等に議論し合ってきた」システムであり、当会はその精神を現代の蘇らせることを目的としたものである。

後者については、当会幹事長のオルホノド・ダイチンは、日本における運動現場において、ほとんど常に「独立」の立場を貫いてきた。現在の中国政府の民族絶滅政策の現状を見れば、他にモンゴル人が生き残るすべはないという説は充分説得力のあるものである。しかし、この問題については、様々な団体及び支援者の方々の討議の末、独立を希求する方針、民族自決権の確立を求める方針、まず最悪の環境問題や人権問題を改善する方針などを討議した上で、その全ての運動方針を排除しないという現在の姿勢を一端決定したものであり、独立運動を否定したものでは全くない。そして同時に、独立を明確に言わない運動や支援者を排除する意志も現段階ではない。いま必要なのは、南モンゴルの人権状況や中国の弾圧の実態を国際社会に知らせ、国内で闘う人たちへの連帯と支援を呼びかけることであり、そのことに賛同する団体、個人の参加やご支援をクリルタイは拒絶するものではない(もちろん、クリルタイに参加しうるのはモンゴル人団体に限ることは原則である)。

ちなみに私個人の見解を述べれば、モンゴルのみならずチベットやウイグル(東トルキスタン)の独立には原則的に賛同するが、それに道を開くためには、最低限「民族自決権の確立」が必要だと考えており、公的な場ではこの言葉を使う。中国の各民族が民族自決権を獲得し、独立か否かを選択することが可能になること、もし中国にとどまるとしても、そこでは自決権、自治権が認められ、ある種の連邦制が確立することが前提となるべきである。

2、クリルタイの現状と今後の展望

クリルタイの活動母体は、現状では日本在住の南モンゴル人運動家、研究者にあることは事実である。国際的な運動展開の不足が現在の大きな課題であるが、そのことはまた後述する。

(1)インターネットテレビへの定期的出演
日本国内においては、まず、インターネットテレビ「チャンネル桜」において、2017年1月以降、約1カ月に一回「南モンゴル草原の風」という番組を放映し、南モンゴルの現状と歴史、また文化伝統などを日本国民並びに在外モンゴル人にも伝えること(一部、モンゴル語で放映)することを持続してきた。

第一回放送は下記リンク先で観ることができる。

【南モンゴル草原の風 #1】世界南モンゴル会議「クリルタイ」/モンゴル音楽「ホーミー」 [桜H29/1/12]
https://www.youtube.com/watch?v=WLIrGqKMy08

現段階での最新映像は下記の通りである。

【南モンゴル草原の風 #29】チベット亡命政府を訪問~チベット仏教と南モンゴルの深い関係 / 内モンゴルにペストが流行した理由 [桜R1/12/15]
https://www.youtube.com/watch?v=n_g9vMAsEt8

この最新映像は現段階(2020年1月2日)で約1万7千のアクセスを得ており、不十分とはいえ、一定の日本世論への影響を持ち得ていると思われる。このチャンネル桜は、日本における保守的なインターネット番組としては最も歴史の古いもののひとつであり、他でもウイグル問題などアジアの民族問題、人権問題を広く報じている。

(2)モンゴル人権報告書の発表など、出版、ネット言論の展開
国連人種差別撤廃委員会でのダイチン幹事長の報告

モンゴル人権報告書の発表

クリルタイは、2014年から16年にかけての南モンゴルにおける人権報告書を作成し、日本語と英訳との双方でネット上に公開した。リンク先で全文を読むことができる。
http://southmongolia.org/wp-content/uploads/2016/11/hokoku.pdf

英文はこちらでも公開
http://southmongolia.org/archives/98

オルホノド・ダイチン幹事長、国連人種差別撤廃員会で南モンゴルの問題を訴える

ダイチン幹事長も参加している日本の一般社団法人、アジア自由民主連帯協議会(会長 ペマ・ギャルポ)が、2018年8月の国連人種差別撤廃員会に下記文書を提出。オルホノド・ダイチンはジュネーブの委員会に出席し、南モンゴルの問題を、中国政府による人種差別ならびに民族絶滅政策として訴えた。提出された英文資料は下記リンク先参照。

https://freeasia2011.org/japan/archives/5494

他にも、クリルタイでは不定期ではあるが学習会の開催、デモや抗議行動などを展開しているが、詳しくはクリルタイホームページを参照いただきたい。特に注記すべきものとしては以下を挙げておく。

●フーチンフ氏追悼集会(2019年10月)

●メルゲン氏追悼集会(2019年5月)

●バボージャブ将軍慰霊祭(2018年12月)

●第12回インターエスニック・リーダーシップ育成研修会にてウリゲン氏が報告(2017年11月)等

(3)今後の活動の計画と展望について

A.ユネスコ「世界の記憶」に、南モンゴルにおける文化大革命時代のジェノサイドを登録申請する
この方針はクリルタイ結成時から決定していたものだが、現時点(2020年1月)で一定程度の準備が整ったので報告する。

文化大革命時代、南モンゴルで起きたことは、まさにモンゴル人に対する徹底した絶熱政策であったことが、日本では、静岡大学教授の楊海英氏による徹底した文献調査と証言記録の修正により明らかにされている。その成果は主として「墓標なき草原」(岩波書店発行)に集約されている。(また、楊氏は膨大な文化大革命時代の資料を編纂中である)

クリルタイは、この南モンゴル人ジェノサイドを、人類の負の歴史遺産としてユネスコの世界の記憶に登録することによって、かってのナチスやスターリンの虐殺や、収容所体制と同様のこの悪行を国際社会に広く知らしめることを目指している。中国政府は文化大革命の過ちを部分的に認めていながら、この時代に、モンゴルや多くの民族が肉体的にも絶滅されようとしていたことを認めようとしない。これは私たちモンゴル人が世界に訴えるべき歴史的悲劇である。

同時に、この文化大革命時代のモンゴル人の虐殺には、日本とモンゴルの歴史が関係している。南モンゴルは、第二次世界大戦以前は日本の影響下にあり、そこで多くのモンゴル人は日本による軍事教育を受けた(一部は日本にも留学している)。歴史問題にクリルタイが直接コメントすることはないが、中華人民共和国成立後、日本の教育を受けたモンゴル人たちが、ある種の近代教育を受けたエリートとして存在し、同時に中国人からは「日本刀をつるした奴ら」として差別と憎しみの対象となったのは紛れもない事実であり、彼らの多くは、文化大革命時代に逮捕、拷問、刑死の対象となった。

現在、クリルタイではこの国連への提出資料の整理をほぼなしえた段階であり、提出書類への編集をこの夏までには行う予定である。そして、ユネスコの記憶遺産は、近年中国政府の干渉などにより、極めて政治問題化しがちな、しかも事実関係に置いて意見の分かれる問題が提出される傾向があり、現在事実上登録申請を打ち切っている。しかし私たちクリルタイは、ユネスコが許可した場合は直ちに資料を提出できるよう、登録書類や資料の整理はとりあえずこの夏までに完成させ、また、ユネスコの姿勢が変わらない場合は、その内容のインターネット公開などを通じて世界にこの問題を訴えていく予定である。

B.本年度(2020年)のクリルタイ大会においてさらなる広い連帯と組織強化を目指す
本年度(2020年)秋には、クリルタイの総会が、大きな変更がなければ再び東京で開催される予定である。これまで参加がかなわなかった諸団体にも再度参加を呼びかけ、仮に誤解があった場合は慎重な対話を通じてそれを解決し、さらに多くの諸団体の終結を目指すことを第一目標としている。また、冒頭で述べたように、日本においてはまだまだ南モンゴルの実情や運動についての理解が乏しい。今後もネット活動、また出版活動などを通じて、この問題を広く訴えていくことが重要である。

そのためにも、今秋のクリルタイ日本大会の成功は欠かせない。諸団体との交流と連帯を、クリルタイと日本の支援者は心から望んでいる。(終)